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2008年6月

2008年6月25日 (水)

親の看護

先週始め、家から電話があり父が救急車で運ばれた、との事。
半日休暇を選択し、早速家へ戻り母を連れて搬送先の病院へ。

幸い、老齢にはたまにある病気らしく初回だったので対処法が判らなかったため救急車を
呼んだのは正解だったと思うが、今後の対処法を教えていただき、治療も薬も無く返された。
まあ、なんとも無いので良いのだが、さすがに歳というものはこういうことかと感じた。
と共に、二世帯(というか近くに居住)の選択は正しかったと思う気持ちが強くなりました。

これで中途半端な距離に別居していたり職場を選んだりしていたらと思うと、仕事にも支障
が出そう。遠地は論外。

ただし、冷たいと言われるかもしれないけど、私はできることはできるだけ自分でして欲しいと思っている
ので特に普段何かを積極的にしようとは思っていません。
でもそれは甘えると何もしようとしなくなるのを防ぎたいためで、異常が無いかどうかは軽く質問
をしたりして、何かおかしいと思えばすべき事をしようと心がけています。
そのためにはいつも近くにいる事が最善だと信じています。
遠くにいて、会うときだけいかにも親の事を親身に考えているかのように優しくして、また仕事のため
に帰っていくのは違うように思うので私にはそれはできません。

我が社の制度ですが、子供の看病のためのみでなく親の看護でも年次とは別に休暇を取れる事と
なりました。2年ほど前からですが、私と数名が会社に意見を上げた事がきっかけです。
これは今後の高齢化に向けて非常に良い制度に形を変える事ができたと自負しています。

周りを見ていると、殆ど子供との生活を考える事に精一杯で今後圧し掛かる親の事まで考えていない
ように見えます。
会社の制度はなんとか会社の出費を抑えるように形を変えつつありますので子供は厚く親は薄くなって
いるのですが、判りにくい書き方な上、真剣に親の件を読む人が少ないので指摘をする人がいません。
子供を厚くするのは人数が少ないからで、カモフラージュ的要素が強いともとれます。
親は今後確実に扶養する人が増えると思われるためなるべく薄い精度としたい事は明らかです。
なんとか、変えていきたいと思っています。
自分のためにも周りのためにも。

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